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スーパーマーケット店づくりの技術と知識<その5>スーパーマーケットの思想

Network2012年5月号掲載記事より
 スーパーマーケットの4つの課題

 数ある小売業業態の技術の中でスーパーマーケットが、技術的に最もむずかしいということを書いてきた。
その理由は、つぎの4 つである。

①家庭内食提供業であるスーパーマーケットには、ワン・ストップ・ショッピング性が、他のいかなる小売業態より強く求められる(要するに、商品構成が家庭内食行動を満足させる水準になっていて、その状態が営業時間中いつも続いている、つまり、品切れしてはダメ、ということ)
②住宅地にフリースタンディングの店を出している以上、GMS ほど多くの客数は見込めない(客数が少ないほうが鮮度管理は難しい)
③鮮度管理のむずかしい生鮮食品を、GMS 並に多品目扱わなければならない
④生鮮食品の取り扱いには《包丁などの技術》が必要であるため、現場作業の担い手が職人気質になりがちで、それが企業組織と矛盾する

 この問題の解決は非常にむずかしい方程式を解くことであった。1970 年後半にその問題に直面した私は、その解決のカギが産業のマネジメント思想にあることに気づいた。だが、スーパーマーケットの生鮮食品作業の現場で、それを実際に具体化するにはどうしたらいいかが、まったくわからなかった。

  鮮魚の加工とアダム・スミス

 関西スーパーマーケットの作業場を見せてもらったのはそんな時だった。

 サミットストアの作業場の面積の何倍もある作業場に、初めはただひたすら驚いていた。「生鮮食品にあんなに広い作業場は要らないよ」と陰口をきいている人々が、業界内にも多数存在することを、私は、十分に知っていたのだが、初めて見た時に、直観的にほとんど同じように感じた。広いだけでない、設備器具も立派過ぎるように見えた。

 チェーン店全店に商品供給をしているセンターなら、こんな大きな投資も理解できなくはないが、そうではないと言う。何だかキツネにつままれたような感じを抱きながら、今、目の前のまな板のうえで行われている鮮魚の加工作業を見ていたのだが、その時に、私の脳裏に、はっと閃くものがあった。作業員は、左側に置かれたカートからトレーを引き出して、そこに乗った加工済みの商品をパックに盛り付けていた。サミットストアの場合だったら、鮮魚の作業員は、ある丸魚を冷蔵庫から持ち出してきたら、《切るところからパックして値づけするところまで、つまり、初めから終わりまですべて》を処理する。このように、作業の一部を分担してやることは、原則としてない。

 「これは、流れ作業の中の1 つの工程なのだ」と私は気付いた。

 とたんに、すべての謎が解けた。

 突飛に思うかも知れないが、アダム・スミスの名前が頭に浮かんだ。

 アダム・スミスは「国富論」の中で、分業について書き、ピン製造作業を例にとって、それがいかに生産性を高めるかを説明した。分業とは、コンベア(運搬具)に半製品を乗せて、それを場所的に移動させながら、間断なく作業を加えていく作業方式のことである。つまり、加工作業を工程ごとに分解し、各工程の作業を単純化することによって、著しく作業速度が速くなる。それを実現しようとしたら、たとえば、コンベアが必要になるし、前工程があるはずだし、後工程もあるだろう。

 「そうなっているはず」と思ってみたら、あった。コンベアはベルトではなく《車輪のついたカート》と《カートに乗せる盆》だった。つまり、ベルト・コンベア方式ではなく、カート・コンベア方式だったのである。

 合理的で標準化された職場

 「この作業場は、近代的な食品加工工場だと考えていいのか?」と私は自問したのだが、その疑問は、次々に解き明かされていった。

  近代的加工工場の条件は、標準化である。すべての作業について標準化が行われていなければならないし、その前提としては、製品(加工の結果つくりだされる)についても標準化が必要である。作業者の使う道具などのハードウエアもまた標準的なもの(あるいは、会社としてきちんと定めたもの)が、標準的な使われ方をされなければならない。

 その前提として、加工技術が、従業員個人個人の職人技ではなく、《客観的に確立した技術》となり、それが《会社の共有財産》となっていなければならない。隅から隅まで観察し、しつこく質問をしてみた結果、まさにそのとおりになっていることがわかった。

  さらに、こまごましたハードウエアのひとつひとつが、きわめて合理的につくられていることにも驚いた。

 例は限りなくあるが、上述のコンベアに関連するものを挙げると

 まずカートに乗っている盆。この盆は長方形だが、その短辺は生鮮食品を盛り付けるトレーの横幅を意識してつくられている。盆の長辺は、人間が両手を広げた幅になっている。言うまでもないことだが、作業員が両手で持つことができるようになっているのである。
そのために、盆の両端はくびれていて、指で持ちやすくなっている。

 この盆がカートに積まれる。だから、カートの棚は盆がきちんと収納できるように設計されている。

 そして、カートは運搬に使われるためのものと作業をする場所で高さを整えるためのもの(それぞれ段数が違う)とに分けられている…。

 生鮮食品の加工場の床には大量の水が流れる。

 その水はしばしば肉や魚を洗浄した結果としての汚水である。上手に排水しないと、不衛生である。こういう場合、一般の工事では、部屋の隅に排水溝を設けるのだが、排水溝は完全な清掃がやりにくく、その結果として(とくに夏場には)悪臭の原因になる。たとえば魚の作業場から悪臭が売場に出て行けば、客はその店の衛生状態を疑うだろう。

 この問題の解決のために、特別な排水枡が考案されていた。一度流れ込んだ水が逆流しないのはもちろん、臭いもまた、逆流しないような構造になっていた。
これらのすべてが関西スーパーマーケット主導で関連業者の協力を得て開発されたものと知った時の私の驚きを想像していただきたい。

 実は以上は一例に過ぎない。グロサリーの作業場は合理的な物流倉庫である。

 当然、売場に関連してもいろいろなことがある。

 《スーパーマーケットの思想》を受け継ぐ

 家庭内食を鮮度のよい状態のまま、品切れさせず、さりとて、過剰在庫にもせず営業時間中、提供し続ける、という非常にむずかしい問題は、関西スーパーマーケットのこのような工夫によって解決された。

 もちろん、時代が変わる。商品も変わる。当然、こうした技術も変化する。

 だが、その変化は、基本的なモノの考え方をキチンと踏襲しながら変わっていかなければならないのだ。ちょっと便利だから、世間で流行しているから、誰かに薦められたからなどということで、根本的な思想まで遡らずに変えてしまうと、あの昔の生鮮食品屋に逆戻りしてしまう。不衛生的で無秩序な職人の世界だった。

 そういうことにならないように、《スーパーマーケットの思想》を受け継ぐことが、スーパーマーケット経営者にとって一番大切なことなのではないかと思う。
(終)

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